福岡地方裁判所 昭和26年(行)38号 判決
原告 筑後商事株式会社
被告 久留米税務署
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十六年十一月二日原告に対してなした昭和二十四年四月一日から昭和二十五年三月三十一日に至る事業年度分の法人税額を金百八十三万九千四百四十九円とする旨の更正処分は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
(1) 原告会社は、昭和二十四年八月十五日株主総会の決議により、旧商号「吉井殖産株式会社」を現商号に変更した金銭貸付業等をその目的とする法人であるが、昭和二十四年四月一日から昭和二十五年三月三十一日に至る事業年度の課税標準たる所得金額を金七万七千五百六十二円四十七銭として被告に確定申告をしたところ被告は、昭和二十六年十一月二日、普通所得金額金三百四十六万九千四百十円、超過所得金額金三百三十五万六百十円、資本金額金三十九万六千円と更正した上、これに基いて原告に対し、右年度分の法人税額を金百八十三万九千四百四十九円と定める旨の更正処分をし、これを原告に通知した。被告がかように原告の申告にかかる課税標準を更正したのは、原告の所得金額に原告会社の前身である吉井殖産株式会社の利益金二百四十七万二千四百三十七円を加算計上したからに外ならない。
(2) しかし、
元来吉井殖産株式会社は、昭和二十三年五月七日金銭貸付業を目的として設立され、爾来いわゆる日掛無尽営業をして来たものであるが、昭和二十四年六月中大蔵省福岡財務部の勧説に従い、訴外日本信興株式会社に営業の一部を譲渡したところ、その後更に右財務部の指示により右営業譲渡契約を取り消して吉井殖産株式会社の単独整理が開始されることになつたので、同会社は、昭和二十五年二月十六日加入者大会を開催し、その決議に基き組織された同会社整理委員会において同会社の債権の取立債務の弁済に当ることとなり、同委員会は、その事務を原告会社の取締役である後藤正武に委託したので、同人が原告会社の事務としてではなく個人の資格において右整理事務を遂行したのである。それ故被告が前記のとおり吉井殖産株式会社の利益金を原告の所得金額に加算計上して課税標準を更正したことは、違法であるといわなければならない。
(3) 右の次第であるから、原告は、昭和二十六年十一月二十六日被告に対し、更正された課税標準について再調査及び審査の請求に及んだのであるが、原告は、大蔵大臣から貸金業等の取締に関する法律による届出を受理された貸金業者であり、前示課税金額につき滞納処分を受けるときは、業務のため必要欠くべからざる所有財産たる倉庫、事務机等が失われ社会的信用を失墜し、業務遂行が不可能となるから、再調査の決定若しくは審査の決定を経た後に訴を提起したのではこれにより著しい損害を生ずる虞がある。よつてここに、これらの決定を経ないで被告がした右違法の法人税額更正処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。
被告の本案前の抗弁に対し「被告は、原告が昭和二十六年十一月二十六日なした再調査の請求に対し、その後六箇月以上を経過した現在(昭和二十八年八月二十六日の本件最終口頭弁論期日)迄、その決定の通知をしていないから、もはや訴願前置主義の主張はなしえないものである」と主張した(立証省略)。
被告指定代理人は、先ず本案前の抗弁として「本件訴を却下する訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
(1) 原告の本訴請求は、被告が行つた法人税額更正処分の取消を求めるというにあるが、法人税法第三十七条によれば、かような再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分の取消又は変更を求める訴は、原則として同法第三十五条第五項の規定による審査の決定を経た後でなければ、これを提起することができないことになつている。しかるに原告は、昭和二十六年十一月二十八日被告に対し再調査の請求をしたのみで、これに対する被告の決定を経ることなく、また全然審査の請求もしないまま本訴提起に及んだのである。
(2) もつとも原告は、再調査の決定若しくは審査の決定を待つていては、滞納処分を受けて業務遂行不可能に陥り、著しい損害を生ずる虞があるから、これらの決定を経ないで本訴を提起したと主張する。しかし原告は、現に滞納処分を受けているわけでもなく将来滞納処分を受けるかどうかも未定であり、かりに将来滞納処分を受けることがあつても原告会社の業務遂行が不可能に陥ることはない筈である。また原告が被告の更正決定に従い法人税を納付すれば、滞納処分を受けることもないのであり、もし右更正が違法なら再調査の決定若しくは審査の決定により取り消され、一旦納付した税額といえども原告に還付されるのである。もし原告主張のように滞納処分を受ける虞のある場合が同法第三十七条第一項但書に該当するとすれば、法人税等の如き課税処分についての取消又は変更を求める訴は、殆ど大部分が再調査の決定若しくは審査の決定を経ることなく直ちに訴を提起し得ることとなり、訴願前置主義を採用した同法条の規定は、殆ど無意味となるであろう。
(3) 以上の理由により、本訴は、訴提起の要件を欠く不適法のものとして、これを却下すべきものである。
なお、原告が前示日時になした再調査の請求に対しては目下調査中であり、いまだ何等の決定もなされていないことはこれを認めると附陳した。
次に本案について主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(1) 原告が請求の原因として述べた事実の中、(1)の点は、これを認める。(2)の点は、その中吉井殖産株式会社が昭和二十三年五月七日金銭貸付業を目的として設立された会社であることは、これを認めるが、その余の事実は知らない。
(2) 元来吉井殖産株式会社は昭和二十四年八月十五日その商号を原告の現商号「筑後商事株式会社」と変更したに過ぎないものであるから、原告会社とは同一の法人である。それ故かりに原告主張のように、原告が吉井殖産株式会社と称していた当時において、その営業の一部を訴外日本信興株式会社に譲渡し、その後右譲渡契約が取り消された事実があるとしても、その譲渡の結果一旦右訴外会社が承継した積極消極の財産は、当然再び原告会社に復帰したものといはねばならない。従つて、被告が原告会社に対する法人税課税標準として原告の所得金額に右吉井殖産株式会社時代の利益金を加算計上したのに、何等違法の廉はない。
以上のとおり、原告の請求は失当であるから、これを棄却すべきものである(立証省略)。
三、理 由
先ず被告の本案前の抗弁をとりあげ、本訴の提起が適法であるかどうかについて判断する。
原告の本訴請求は、原告は、昭和二十四年四月一日から昭和二十五年三月三十一日に至る事業年度の法人税額の確定申告をしたところ、被告は、その申告にかかる所得金額につき更正をし、これに基き法人税額を更正したが、その更正は違法であるからこれを取り消されたいというにある。ところが、かような更正を受けた者は、先ず法人税法第三十四条、第三十五条に規定された再調査の請求及び審査の請求をすることにより、一応行政機関による救済を求める途が開かれているのであつて、同法第三十七条第一項によれば、右救済方法の最後の段階たる同法第三十五条第五項の規定による審査の決定を経る以前に、当該更正処分の取消を求めて裁判所に出訴することは、原則として許されない。しかるに原告が右審査の決定を経ることなしに本訴提起に及んだことは、原告の自認するところであるから、本訴提起が適法であるためには、同法第三十七条第一項但書に定める三つの要件のいずれかを充たすものでなければならない。原告は、前記更正処分に示された課税金額に基き滞納処分を受けるときは、貸金業者としての業務遂行が不可能となり、再調査の決定若しくは審査の決定を経ることにより著しい損害を生ずる虞があるから、これらの決定を経ないで訴を提起したと主張する。しかし、原告が大蔵大臣から貸金業等の取締に関する法律による届出を受理された貸金業者であることは、当事者間に争いがないところであるが、証人熊谷定、同足立金七及び同佐藤誠(第一回の分)各証言を綜合すれば、原告会社の経理状態は本訴提起前既に良好でなかつたことを窺うことができるに過ぎず、原告が右滞納処分を受ける結果貸金業の営業が、その後不可能になる等前掲各決定を経てから訴を提起することにより著しい損害を生ずる虞があつたとか、その他右各決定前に訴を提起しなければならない正当の事由たり得る事情が存在していた事実は、原告の全立証を以てしても到底これを認むることはできない。更に原告が右更正処分に対し再調査の請求をしたのが昭和二十六年十一月二十六日であることは、当事者間に争がないところであり、原告が本訴を提起したのがその後六箇月を経ぬ同年十二月一日であることは、本件訴状に押捺された当裁判所の受附印により明らかである。それ故本訴は、その訴提起当時を標準とする限り右但書に規定するいずれの場合にも該当しないから、訴願前置主義に反するものとして不適法であつたといわなければならない。しかし、原告が昭和二十六年十一月二十六日なした再調査の請求に対し、被告はその後六箇月以上を経過した現在(昭和二十八年八月二十六日の本件最終口頭弁論期日)まで、その決定の通知をしていないことは、当事者間に争いのないところであるから、本訴は右再調査の請求から六箇月後の昭和二十七年五月二十六日の経過と共にそのかしが治癒され、適法のものとなつたと解するのを相当とする。従つて被告の本案前の抗弁は、結局理由なきに帰する。
よつて、以下本案につき判断を進める。原告は、被告が原告に対する法人税額を査定するに際し、その所得金額に原告会社の前身である吉井殖産株式会社の利益金を加算計上したのは違法であるというが、原告会社が昭和二十四年八月十五日株主総会の決議によりその商号を現在の商号に改むるにいたつたことは当事者間に争いのないところであり、会社の商号の変更は、何等その法人格の同一性に影響を及ぼすものでないことは勿論であるから、旧商号時代の利益金の算定に誤りがあるというならば格別、ただ右利益金を加算したのが違法であるというのは、主張自体理由のないものといわねばならぬ。次に原告は吉井殖産株式会社と称した当時の利益金の算定に誤りがあることは特に主張せず、ただその頃営業の一部を訴外日本信興株式会社に譲渡したというが、その後右譲渡契約が取り消されたことは原告の自ら主張するところであるから、特段の事情のない限り右吉井殖産株式会社の所得金額従つて原告の所得金額の算定に消長をきたすものではなく特段の事情のあることについては何等原告において主張、立証するところはない。よつて原告の本訴請求は主張自体理由のないものであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 戸根住夫)